鎌倉芸術館

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“お豆腐狂言”とは

茂山千五郎家に語り伝えられる「お豆腐のような狂言師」という言葉。これは、十世正重(二世千作)への悪口に由来します。正重は、京都の方々に気軽に狂言を楽しんでいただこうと、地蔵盆・結婚式・お祝いの会など、いろいろなところに出向いて狂言を上演していました。室町時代に“武家式楽”と位置づけられて以降、江戸時代の終わりまで「能楽(能と狂言)」は特別階級の文化でした。明治時代でもまだ、能舞台以外での上演はいけない、他のジャンルの芸能と共演してはいけないなど、保守的な考え方が根強く、タブーを犯して活動する正重は、「あいつはどこにでも気軽に出て行く、お豆腐のような奴だ」「茂山の狂言は我々のやっている特別な芸能文化ではなく、どこの家の食卓にも上がる豆腐のような安い奴らや」という意味の悪口で「お豆腐」と揶揄されたのでした。しかし二世千作は「お豆腐で結構。それ自体高価でも上等でもないが、味つけによって高級な味にもなれば、庶民の味にもなる。お豆腐のようにどんな所でも喜んでいただける狂言を演じればよい。より美味しいお豆腐になることに努力すればよい。」と、その悪口を逆手にとり、家訓としたのです。
いつの世も、どなたからも広く愛される、飽きのこない、そして味わい深い。それが「お豆腐狂言」です。


あらすじ『蝸牛(かぎゅう)
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太郎冠者は、主人から長寿の薬になる「蝸牛(かぎゅう)※カタツムリ」を取ってくるよう命じられます。カタツムリを知らない太郎冠者は「藪の中にいて頭が黒く、腰に貝をつけ、ときには角を出す」と教わって探しに出かけます。すると、頭に黒い兜巾(ときん)を着け、腰に貝をつけて藪の中で寝ている山伏を発見。山伏はからかって、法螺貝(ほらがい)を見せたり、篠懸(すずかけ)を角のように出してカタツムリだと信じこませ、「でんでんむしむし」と囃して戯れます。そこへ主人が迎えに来て、あれは山伏だと教えますが、主人まで一緒に踊り出してしまいます。

あらすじ『附子(ぶす)
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主人の命で留守番をすることになった太郎冠者と次郎冠者は、附子(トリカブトの猛毒)が入った桶には絶対触れないようにと言いつけられます。しかし、気になって仕方がない二人はそっと桶に近づいて蓋を取ります。一口食べてみると、それは甘くておいしい砂糖でした。附子を平らげてしまった二人は、その言い訳に主人の大切な掛軸を破り、台天目茶碗をわざと壊します。主人が帰ると二人は大泣きして、「留守中に居眠りしないようにと相撲をとっていたら、大切な品々を壊してしまったので、死んで詫びようと附子を食べたが、まだ死ねない」と嘯きます。

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